まともに頭が働いて思うように体が動いてってできる時間は限られてるんだから、綺麗なものだけ見てためになる言葉だけ聞いていたいけれどそういうわけにもいかないわけで。もっと言うと成長に繋がらないだろうなと思うようなマイナスなものは無駄だと思うので排除したいわけです。
でも好きも嫌いも綺麗も汚いもためになるもならないも、全部相対的なわけだから嫌いな事もして汚いものも見てためにならない言葉だって聞かなきゃその逆も感じられないわけで嫌だなって思うようなものにもやっぱり時間を割かなきゃいけないわけだ。
と、そう思うと今まで無駄だと思って排除してきたものは実は無駄じゃなかったんだろうなと思うわけでそういう生き方はやめないといかんなと思う。向き合え。
そういう感覚を完全にリンクできるわけじゃないんだから、所詮どこまで行っても自分以外は他人。どれだけ仲良くても血が繋がってても1人で完結してしまうのが人間なんだよね。
そこはあきらめるというかちゃんと区別しようやって思う。
これを区別しないで全部理解したいとか理解してほしいとか思うから的外れな期待をしたり、それがかなわなくて絶望したりして、大変だよねって思う。
まぁあくまで私が思うだけだから別に強要しようとも思わないしこれが正しいとも思ってないけども。